こんにちは!NOC(ネットワークオペレーションセンター)で日々、世界中を飛び交うパケットの交通整理をしているシニアエンジニアです。
データセンターの深夜、モニターに映し出される無数のアラートと格闘しながら、「なぜこの通信はこんなに遠回りしているんだ……?」と頭を抱えた夜は数え切れません。ネットワークの世界は、私たちが思っている以上にドラマチックで、時として予想もしない迷宮のようなルートをパケットが駆け抜けています。
インフラの世界へ一歩を踏み出したばかりの皆さん、「自分のパソコンから送ったデータが、地球の裏側のサーバーに届くまで、一体どこを通っているんだろう?」って気になったことはありませんか?
今回は、そんなインターネットの「見えない裏道」をレントゲン写真のようにくっきりと暴き出す、tracerouteのちょっとディープで最高にクールな活用術について、現場の生々しい実体験を交えながらお話ししていきたいと思います。小難しい専門用語はできるだけ抜きにして、身近な例えから一歩ずつ紐解いていきましょう!
—
1. 郵便配達で例える「インターネットのルート」
まず、私たちが普段使っているインターネットがどうやって情報を届けているのか、身近な「郵便配達」に例えて考えてみましょう。
あなたが東京から沖縄の友人へ荷物を送るとします。
1. まず、自宅近くのポストに手紙を投函します(あなたのPC)。
2. 手紙は近くの集配郵便局に集められます(自宅のルーター)。
3. そこから地方の大きなハブ局へ運ばれます(プロバイダの設備)。
4. 飛行機に乗せられて沖縄のハブ局へ届き(海底ケーブルや国内幹線ネットワーク)、地元の郵便局を経て、友人の手元に届きます(目的地のサーバー)。
インターネットの世界も全く同じです。あなたのPCから発せられたデータ(パケット)は、世界中にある無数の「ルーター」という名の交差点を経由して、リレー形式で目的地へと運ばれていきます。
ここで問題です。「もし、その途中で荷物が行方不明になったり、もの凄く遠回りをさせられたりしたら、どうやって原因を突き止めますか?」
「どこで迷子になっているのか」を1つずつ追いかけるために使う魔法の道具、それが traceroute(Windowsでは tracert)というコマンドなんです!
—
2. ただの経路表示じゃない!tracerouteの裏側にある「AS(自治組織)」の正体
一般的な traceroute を実行すると、目的地までのルーターのIPアドレスや、そこに到達するまでの時間(ミリ秒)がズラリと表示されますよね。「おっ、5番目のルーターで急に遅くなってるな」なんてあたりをつけるのに非常に便利です。
しかし、百戦錬磨のNOCエンジニアが現場で使うのは、ただのIPアドレスの羅列ではありません。ここで登場するのが、今回の主役である AS(Autonomous System:自律システム) という概念です。
ASってなぁに? 国と国を繋ぐ「巨大な運送会社」に例えてみよう
先ほどの郵便配達の例えをもう少しスケールアップしてみましょう。
- 自宅から地元の郵便局まで:町内会の配達エリア
- 日本国内の配送:日本郵便(大手キャリアやISP)
- 海外への配送:FedExやDHLなどの国際物流企業
インターネットの世界は、世界中の数え切れないほどのネットワークがパッチワークのように組み合わさってできています。この「一つのポリシーで管理された巨大なネットワークの塊」を、ネットワーク業界では AS(Autonomous System) と呼びます。
例えば、NTTのネットワークは「AS2914」、日本の大手IIJは「AS2497」、Googleは「AS15169」といった具合に、世界中のすべての巨大ネットワークに固有の「背番号(AS番号)」が割り振られています。
私たちがアクセスする通信は、以下のようにいくつかの「運送会社(AS)」をバケツリレー式に乗り継いで目的地にたどり着きます。
[あなたのPC (ISP-A)] --(ASホップ)-- [国内バックボーン (ISP-B)] --(ASホップ)-- [海外バックボーン (ISP-C)] -- [Googleサーバー (AS15169)]
この「ASとASの間の境界」をいくつ跨いだかを示す指標を ASホップ数 と呼びます。このホップ数が多ければ多いほど、いわば「何社もの運送会社を乗り継いで荷物がボロボロになっている状態」であり、遅延(レイテンシ)の原因や、通信品質低下の元凶になるのです。
—
3. 実践!AS情報を付加したパス解析を行ってみよう
「理屈は分かったけど、どうやってそのAS情報を調べるの?」という声が聞こえてきそうですね。安心してください。実務では、賢いコマンドやツールを使って一発で可視化することができます。
標準の traceroute コマンドに -A オプション(OSや実装によりますが、WhoisデータベースからAS情報を引くオプション)を付加するか、より高度なネットワーク診断ツールである mtr(My Traceroute)を使ってみましょう。
以下は、実際に遠隔のサーバーへ向けて mtr を実行し、経路上のルーター情報とAS番号をリアルタイムで解析しているイメージです。
# AS情報(ASN)を表示させながら、特定の宛先への経路とロス率を診断するコマンド例
# ※Linux環境やネットワーク診断用コンテナなどでよく使われる定番ツールです
mtr --asres -r -c 10 8.8.8.8
このコマンドを実行すると、以下のような診断レポートが出力されます(※出力は分かりやすく直感的に整形しています)。
Start: 202X-XX-XXT12:00:00+0900
HOST: noc-workstation-01 Loss% Snt Last Avg Best Wrst StDev
1. AS??? 192.168.1.1 0.0% 10 1.2 1.1 0.9 1.5 0.2
2. AS2514 isp-gateway-router.net 0.0% 10 5.4 5.8 5.0 7.2 0.7
3. AS2914 ntt-backbone-core01.jp 0.0% 10 8.1 8.3 7.9 9.1 0.4
4. AS15169 google-edge-router.us 0.0% 10 12.5 12.1 11.8 13.0 0.3
おっ、見えてきましたね!
出力結果の AS2914 や AS15169 といった記述に注目してください。これがまさに、そのルーターがどの通信事業者の管理下にあるかを示す「AS番号」です。
「おや、本来ならもっと直近の国内キャリアのASを通るはずなのに、なぜか一度アメリカの別企業のASをぐるっと経由して戻ってきているぞ……?」といった、「不自然な遠回り(ルーティングの非効率)」 をこのAS情報から一発で見つけ出すことができるのです。
—
4. 現場のプロが教える!経路最適化分析の勘所
私たちがNOCの現場でトラブルシューティングを行う際、このAS情報付加によるtraceroute解析は、いわば「名医の聴診器」のような役割を果たします。ここでは、実務で役立つ分析の視点をいくつか伝授しましょう。
① 「BGPの気まぐれ」による無駄な遠回りを暴く
インターネットの経路を決めているのは、BGP(Border Gateway Protocol) という、世界中のルーター同士が「こっちの道の方が空いてるよ!」と教え合う巨大な合意形成プロトコルです。
しかし、このBGPが時々「おかしな近道(実は遠回り)」を最適だと勘違いして選んでしまうことがあります。ASホップ数を追うことで、「本来ならASホップ数2でいけるはずが、余計なASを経由してホップ数が5に膨れ上がっている」という非効率なルーティング(Sub-optimal routing)を特定し、利用しているISPや上流のキャリアに「経路を調整してほしい」と具体的なエビデンス付きで交渉できるようになります。
② クラウドサービスへの接続遅延をハックする
「最近、社内からAWSやGoogle Cloudへの通信が妙にもたつく……」そんなクレームが上がったとき、ただ「回線が混み合っていますね」で済ませてはいすません。
tracerouteでAS情報を引いてみると、本来は一番近い東京リージョンのデータセンターに繋がるはずが、なぜかシンガポールやアメリカ西海岸のASを経由してアクセスしているケースが見つかることがあります。これはDNSの向き先設定ミスや、キャリア側の経路制御のバグ(ホット・ポテト・ルーティングの失敗など)が良い原因です。原因箇所がどのAS(どの企業の管理区間)にあるのかが分かれば、対策のスピードが圧倒的に変わります。
—
5. おわりに:パケットの旅路にロマンを感じよう
今回は、traceroute にAS情報を付加して経路の効率を読み解く、現場のテクニックについてお話ししました。
「一歩ずつ理解していきましょう!」と言葉にした通り、最初はただの文字の羅列に見えるコマンドの出力結果も、その背景にある「AS(自治組織)」や「インターネットの郵便配達の仕組み」を知ることで、途端に生きたストーリーとして見えてくるはずです。
ネットワークの向こう側には、世界中のエンジニアたちがつむぎ上げた巨大なインフラの迷宮が広がっています。トラブルシューティングは、いわば現代のダンジョン攻略。ぜひ、皆さんも自分の手元のパソコンから traceroute を叩いて、パケットたちの壮大な旅路をのぞき見してみてください。きっと新しい発見と、エンジニアとしてのワクワクが待っているはずです!
それでは、次回のNOCテックブログでお会いしましょう!
コメント